Sy Smith / Fast And Curious
女性モノの新作がいろいろ登場してますが、今回はサイ・スミス。サイといえば、2010年暮れに急逝したティーナ・マリーへのトリビュート・ソングをいち早く作り、ネット上で無料配布したことも記憶に新しい。“Teena(Lovergirl Syberized)”と題されたその曲は、ティーナのエピック時代のヒット“Lovergirl”をサイ・スミス流(Syberized)にリメイクしたもの。ロックっぽいオリジナルとはまるで印象の異なるメロウでスムーズな曲に仕上がっていた。が、そもそもこの追悼リメイクを持ちかけたのは、クラブ系マルチ・プレイヤーのマーク・ド・クライヴ・ロウ(MdCL)。そのリメイクがキッカケとなったのか、4年ぶりとなる今回の新作では、全編でそのMdCLが演奏/プロダクションを手掛けている。
サイ・スミスといえば、“サイバー(S(C)yber)”とか“サイコ(Psyko)”をキーワードに、コケティッシュな美声でオーガニックかつフューチャリスティックなネオ・ソウルを披露してきた女性シンガー。と言うより、ブラン・ニュー・ヘヴィーズの2003年作『We Won't Stop』でリードに抜擢されたとか、TVドラマ「アリー my Love」にグループのシンガーとして出演していた…と説明した方がキャッチーかな。ミニー・リパートンに強く影響を受けている人なんだけど、ワシントンDCのハワード大学に通っていた頃にはゴー・ゴーのバンドでも活動していたというだけあって結構タフな一面もあり、独特のリズム感を持っている。10年ちょっと前にメジャーで作った最初のアルバムはお蔵入りになってしまったが(後に『Psykosoul Plus』としてリリース)、その後はインディからコンスタントにアルバムを発表。これまで自身のアルバムでは、ATCQのアリ・シャヒード、ジェイムズ・ポイザー、ヴィクター・デュプレー、ドレー・キング、タイ・マクリンなど、つまりNY、フィリー、DC、ダラスといったネオ・ソウル聖地のプロデューサーと組んできたわけで、そういう意味ではクイーン・オブ・ネオ・ソウル!といった感じだけど、まあ、こういう表現は本人は喜ばないでしょう。近年はフォーリン・エクスチェンジ(FE)一派との交流も盛んで、DVD+CDセットで発売されたFEのファン招待プライヴェート・ライヴ『Dear Friends:An Evening With The Foreign Exchange』でも歌ってましたね。
一方、プロデュースを手掛けたMdCLは、日本人とニュージーランド人のハーフで、UKは西ロンドンのブロークンビーツ・シーンの演奏家/クリエイターとして、IGカルチャーなんかと一緒に評価されてきた奇才。オールド・ソウルやジャズへの愛着を示しながらエレクトリックでコズミックな音世界を創り上げてきた彼の音楽は(歌もの)R&B好きに訴える要素もわりとあって、オマーやサンドラ・ンカケ(←エスペランサ・スポルディングがお気に入りだという仏女性)らが参加したトゥルー・ソーツからの最新アルバム『Renegades』も、かなりいい内容だった。7~8年前に渋谷のカフェかどこかでやったライヴを観た時は、まだまだアンダーグラウンドの人という感じだったけど、近年はサンドラ・セイント・ヴィクターやニコラス・ペイトンなど、わりとデカい仕事が舞い込んできていて見逃せない。10年前ならア・タッチ・オブ・ジャズ一派やキング・ブリットあたりがやっていたことを、今はこの人がやっているというか。ネオ・ソウル・リヴァイヴァルみたいなものがあるとするなら、そのカギを握っているのはこのMdCLなのかも…と個人的には思っていたりして。
そんなMdCLとサイが結びついたのは必然だったというか、今回の新作はサイのミスティックでメロウなムードとMdCLらしいスペイシーでエレクトリックな音色がうまく噛み合っていて、最高にカッコいい。前のめりのスキップ感(?)が独特なMdCLのトラック上でオシャレに尖がるサイさんが何とも素敵。アルバムの楽曲はサイとMdCLの共作なのだけど、先の“Teena(Lovergirl Syberized)”を含めカヴァーも3曲ある。残る2曲のうち、ひとつはビリー・オーシャンのブラコン・ダンス・チューン“Nights(Feel Like Getting Down)”のカヴァー。これを今回サイはインディ・(ネオ・)ソウルの同士とも言えるラサーン・パターソンとデュエットしていて、たまりません。でも、それ以上に僕が興奮した、というか膝を打ったのが、ラー・バンド“Messages From The Stars”のカヴァー。ラー・バンドのオリジナルがまさにサイバー・エレクトロな曲で、まあ、この曲をチョイスしたのはMdCLなんだろうけど、改めてラー・バンドを聴き直してみたら、今までサイが目指してきた音世界ってこれなのかも?なんてことも思ってしまった。それくらいドンピシャ。と、いずれのカヴァーも80年代の名曲ということから想像がつくように、今回の新作のテーマは80sエレクトロニック・ソウル。そういう意味では、70年代ソウル風だった前作『Conflict』と対になるアルバムと言えるのかな?
ちなみに今作、当初は日本のレコード・ショップでは取り扱う予定なしとのことだったので、本人のオフィシャル・サイトから直接購入。ご丁寧にサインまでしれてくれてるんだけど…実は僕、昔から著名人のサインとかに全く興味がなく、ジャケットにサインされたらレコードの価値が下がるとまで考えてしまう変わり者。もちろんサイさんのサインは嬉しいが、サインなしのCDも欲しくて、結局日本でも買えるようになったので、もう一枚買ってしまった(笑)。このデジタル・ダウンロード時代にめんどくさいことやってます…。