Karyn White / Carpe Diem~Seize The Day
SWVに続いて今回も90年代復活組を。18年ぶりとなる新作の国内発売と約17年ぶりの来日公演が重なったキャリン・ホワイトです。“90年代復活組”といっても、キャリンがシーンに登場したのは80年代半ば、ジェフ・ローバーの86年作『Private Passion』にマイケル・ジェフリーズと一緒に参加した時。同アルバムに収録された“Facts Of Love”でリードを務めたことで注目を集めた。そして、その後ソロ・デビューしてからの大ヒット“Superwoman”。これも88年の曲なので、ここらへんをリアル・タイムで聴いていた人にとっては“80年代のシンガー”なのかもしれない。
僕もキャリンをリアル・タイムで聴き始めたのはソロ・デビュー作からだけど、正直言うと、当時10代だった自分には、“Superwoman”というかベイビーフェイスの作るバラードがベタに感じられて、イマイチのめり込めず…。しばらく経ってからその良さに気付くのだけど、それより当時はアップの方が断然好きで、“The Way You Love Me”の方をよく聴いていた。ちょうど同じ頃にヒットしていたザ・ボーイズの“Dial My Heart”とリズム・パターンがよく似ていたこともあって、そのふたつがセットで記憶されていたりする。が、本気でキャリンの音楽に燃えたのは、ジャム&ルイスと組んだ91年の2nd『Ritual Of Love』から。“Romantic”とかの、あのキラキラした感じがたまらなかった。あと、セクシーなアルバム・ジャケットも。この頃、彼女がテリー・ルイス夫人となったのは有名なお話。2ndに比べると94年の3rd『Make Him Do Right』は地味だったが、捨てがたいアルバムではある。個人的には、この時プロモーション来日した彼女のインタヴューに某音楽誌のペーペー編集者として同行し、少しふくよかになっていた(今思うと妊娠中だった?)ご本人と対面した記憶が蘇る。
その後、彼女はシーンから退いてしまう。今振り返るとヒップホップ・ソウルの流行とともに姿を消したというか、キャリン・ホワイトという人は、R&Bがヒップホップと手を繋ぎ始めた80年代後半から90年代前半という激動の時代に生きながら、ヒップホップ(・ソウル)とは無縁で過ごした正統派シンガーという気がしなくもない。が、その後姿を消したのはシーンに馴染めなかったからではなく、実業家に転向し、子供(娘)を育てていたから。その娘さんも今やすっかり成長し、名門ハワード大学に進学したとか。そういえば、キャリンのソロ・デビュー時にマネージメントを手掛けていたラーキン・アーノルドもハワード大学の出身でしたっけ。という余談はさておき…それでも6年ほど前には一度復活しようとしていたらしく、シャウト・ファクトリーから発売されたベスト盤(2007年)には、お蔵入りとなったアルバムからアコースティックな新曲(2曲)が収められてもいた。この時キャリンは既にテリー・ルイスと離婚していて、再婚したボビー・G(ゴンザレス)を制作パートナーに迎えて曲を作っていた。
そして18年ぶりに登場した新作。当初は一般流通の予定がなく、本人のサイトのみでの扱いだったので、僕もそこから購入した。が、結局市場に出回るようになり、来日直前に日本盤(輸入盤国内仕様)も登場。日本盤には、これまでのキャリアやアルバムの内容が的確に記されたライナーノーツ(荘治虫さん)が付いているので、未購入の方には日本盤をおススメするとして…新作の方向性は、簡単に言えばネオ・ソウルというかオーガニック・ソウル的なそれ。本人は“レトロ・アコースティック”なんて呼んでいるようだけど、お蔵入りアルバムのタイトルでもあったらしい冒頭の“Sista Sista”からしてそんな雰囲気。“Romantic”なんかのイメージからは随分かけ離れた感じだけど、先のベスト盤で披露された2曲を聴いていれば、何となく予想できた方向性ではある。僕個人はそれほど興味を惹かれなかったけどシンディ・ローパー“True Colors”のカヴァーなんかも含めて、自分の思いのままに今やりたいことを素直にやりました…という感じなのかな。オートチューン加工のヴォーカルも出てきますが。個人的なハイライトはメロウなミディアム“Sooo Weak”。エンダンビを聴いてるみたいで…っていう感想は的外れ?
プロデュースを手掛けたのはデレク“DOA”アレン。現在もR&B~ゴスペルの世界で活躍している人だけど、90s R&Bファン的にはブラックガールやボビー・ブラウン・ポッセ(スムース・シルクほか)のプロデュースをしていた人として記憶されるところ。主役の歌を引き出すのがとても上手い人だ。そのデレクに加え、夫のボビー・Gもソングライティングに参加し、美しいバラード“My Heart Cries”では途中からボビーも声を交える。他にも、クレジットを眺めていると、“Sista Sista”のバック・ヴォーカルでは僕の好きなファニータ・ウィン(アンジー・ストーンと一緒にやってた人)が歌っていたりも。あと、“Dance Floor”のソングライティングには、元クラブ・ヌーヴォーのジェイ・キングの名があるが、今回のアルバム制作においては彼が影の支援者として尽力したそう。関係ないけど、ジャケット裏の写真では壁にマキシン・ナイチンゲールの76年作『Right Back Where We Started From』が飾ってある(見える)のだけど、これは何か意味があるのかな? ちなみに、古代ローマの詩人ホラティウスの一節から名付けたというアルバム・タイトル『Carpe Diem』は“一日の花を摘め”、英語ではSeize The Dayとなり、今日を精一杯生きよう、という意味になる(とライナーにも書いてある)。というわけで、今を生きるキャリン。80~90年代の彼女を懐古したいファンとは逆に、本人はずっと先を見ているのかもしれないですね。
もちろん来日公演にも足を運んだ。ビルボードライブ東京での初日(6/22)、ファースト・ステージを松尾潔さんとふたりで観戦。“Romantic”も“The Way You Love Me”もやったし、ベイビーフェイスとの共演曲“Love Saw It”をバック・ヴォーカル兼ラップの男性と歌ってもくれた。もちろん“Superwoman”も。が、僕が観たステージでは過去のヒットはわりとあっさりと歌い、やはり新作の曲に力が入っているように見えた。デレクがベーシストとして帯同したバンドも、新作のオーガニックな曲の方がしっくりときている感じだったし。面白かったのは、新作からの“Dance Floor”。ライナーで荘さんは「マイケル・ジャクソンの往年のダンス・チューンを彷彿させる」とお書きになっているが、まさに慧眼というか、たぶんこの曲だったと思うが、途中でジャクソンズの“Shake Your Body”を織り込んで歌っていた。マイケルの命日(6/25)も近いので、ということからか。あと、パフォーマンス以上に印象的だったのは、あの美貌とスレンダーな体型をキープしていたこと。どこかダイアナ・ロス的な美しい歳のとり方というか。そんなキャリンを見て「さすがミスコン荒らしをしていただけのことはある」と松尾さん。
松尾さんとは、最近だとミュージック・ソウルチャイルドやロバート・グラスパーのライヴも観戦。“R&B情報交換会”と称して(?)、その日のライヴ・アクトを肴にしつつ、日本で評価の低いR&Bアーティスト(K・ジョンなど)について語り(飲み)合うという濃密かつ贅沢な時間を過ごさせていただいている。この日も、仮にキャリンがSWVみたいにケイノン・ラムとやってたら?などなどいろんな話が出たが、キャリンといえば、今回アンコールの前に歌った“Superwoman”はタイトル通り受け取ると間違いで、実は〈I'm NOT your superwoman〉と歌っているのです…という話も。これに関しては「松尾潔のメロウな夜」(NHK-FM)でもお話しされていたと記憶しているが、このテの話は、ここで僕がアレコレ書くより、松尾さんに語っていただく方が100倍説得力がありますね。で、そんな松尾さん、2010年からbmr誌の連載に加わるも休刊に伴って中断されていた「松尾潔のメロウな日々~TIMELESS JOURNEY~」が、この度ウェブ版として復活。今後も楽しみです。あとは……bmrの復刊を頼む!