K'Jon / Moving On
久々に男性ソロ・シンガーで。エリック・べネイの新作も話題だけど、エリックに関しては最新号のbounceに記事を書いたので、5月の来日公演後にライヴ・リポートとあわせて改めて。というわけで、今回はシャナキーからリリースされたK・ジョンの新作を。2009年にユニヴァーサル・リパブリックの配給で発売された初のメジャー・アルバム『I Get Around』は日本盤が出なかったのに、今回はヴィヴィドから日本盤(輸入盤国内仕様)が初登場! ライナーノーツは自分です…と自分で書くのも何だかなぁという感じですが、これまで日本の紙メディアでほとんど無視されてきた才能を放っておけん!という勝手な使命感から、ここでもちょっと書いておきます。
K・ジョンはデトロイトのR&Bシンガー。“On The Ocean”の人と言えば通じるか? もの憂げだが芯のあるテナー・ヴォイスが特長となるシンガーで、僕が彼の音楽を聴いたのは、今も本人が運営している自主レーベルUp&Upから出されたセカンド『The Ballroom Xplosion』(2007年)が初めて。デフ・ジャム・サウス発のサントラ『2 Fast 2 Furious』(2003年)でR・ケリーを意識したようなミッド・バウンス“Miami”を披露していたとか、シャリーファの2006年作『Point Of No Return』で曲を書いていたなんてことは後から知った。しかも、現在までに3枚のミックスCDも出していた…なんてことも、実は最近知ったことだったりして(恥)。
『The Ballroom Xplosion』に興味を持ったのは、アルバムがステッパーズをテーマにしたものだったから。地元の大先輩であるドラマティックスの曲を大ネタ使いした“Feels Like Love”とか本当によく聴いたけど、このアルバムというのが、その数年前にシカゴ・ステッパーズをリヴァイヴァルさせたR・ケリーに対抗したような内容でして。K・ジョンはデトロイト版のステッパーズである“(デトロイト・)ボールルーム”を謳ってレペゼン・デトロイトをしていたわけ。シカゴ・ステッパーズもデトロイト・ボールルームも、ともに中西部の黒人コミュニティにおけるフォーク・ダンス(・カルチャー)の一種。だけど、踊り方や使用曲は微妙に違うようで、こんな比較映像もあったりするのだが、何がどう違うのかはダンスの専門家じゃない僕にはよくわからない。
その『The Ballroom Xplosion』に収録され、中西部一帯でジワジワと人気を集めて全国ヒットとなったのが“On The Ocean”というスロウなステッパーズ/ボールルーム・ソングだった。これはメジャー移籍作『I Get Around』にも再収録され、何とビルボードの「R&B/Hip Hop Songs」に75週チャートインという驚異的な記録も打ち立てた。レコード・リサーチ社が出しているコレでは、集計途中ということもあってか73週チャートイン(00年代において3番目に長くチャートイン)したことになっているのだけど、最終的には1位のメアリー・J・ブライジ“Be Without You”(75週)と並び、男性R&Bシンガーでは90年代のアッシャー“You Make Me Wanna…”(71週)を抜いて史上最長チャートイン記録保持者となってしまった。数年前、日本ではネクストNe-Yoな美メロ王子たちが大人気だった頃に、本国ではこんなに粋で大人なR&Bが流行っていたわけです(笑)。また、この“On The Ocean”をキッカケにステッパーズ熱も再燃してきている模様。L.J.レイノルズの“Come Get To This / Stepping Out Tonight”なんかも、これに刺激されたのかな?と思ったり。
そんなわけで新作は、大雑把に言うと、前半がメインストリームR&Bサイド、後半がステッピン・サイドという二部構成。プロデュースはK・ジョン本人と、デトロイト、NY、アトランタ、マイアミの新鋭~中堅クリエイターで、Daheartmizerことマーカス・デヴァインやNeff-Uことセロン・フィームスターも関与。地元デトロイトのラッパーなども客演している。前作収録曲の続編“On Everything Pt.2”やオートチューン加工のヴォーカルが印象的な“Bad Gurl”が登場する前半も刺激的だけど、個人的にはやはりステッピンな後半かな。リード・シングルの“Will You Be There”なんかは明らかに“On The Ocean”を踏襲したバラードだけど、この路線はいいですね。特に、これまたR・ケリーの近作を意識したような、というかメアリー・Jの“All That I Can Say”みたいな激メロウ&スムーズなステッピン・チューン“I'm Good Boo”を目下ヘヴィロテ中。
やっぱり僕はこういうステッピン・ソングみたいなのが一番好きなのかも。先日も、とあるステッパーズ大会のプレイリスト(新旧ステッピン定番曲がズラリ!)を見ていて、自分で妙に納得してしまった。で、こういう地方独自のムーヴメントって、改めていいなぁと。何年か前、ミュージシャンもネットで交流できる時代だからサウンドや流行に地域性を見出すことはもはやナンセンス…みたいに言われてたことがあったけど、いやいや、そんなことはないんです。特にブラック・ミュージックは地元で流行ってナンボの世界。それがこのジャンルの面白いところというか。K・ジョンは、そんなことに改めて気づかせてくれたシンガーなんじゃないかなと思っていたりします。