Levert / I Get Hot
ニューオーリンズでのEssence Music Festival(EMF)を観終え、その後3日ほどニューヨークに立ち寄って帰国してから1週間。今年も実りの多い、嬉しいハプニング続きの旅となり、EMFのリポートもそろそろまとめたいところなのですが、帰国後は案の定バタバタ、しかも猛暑(ニューオーリンズを凌ぐ湿気!)でクラクラ。社会人が1週間仕事を休むと、やはりその前後にしわ寄せがくるわけでして、完全復帰までにもう少し時間がかかりそう。そんなわけでブログの更新も停滞してますが、今回は、最近仕事で関わったCDの中でもとりわけ思い入れの強いアイテムを告知も兼ねて取り急ぎ紹介。リヴァートの記念すべきデビュー作『I Get Hot』(85年)です。
よく知られているように、リヴァートはオージェイズのエディ・リヴァートの息子であるジェラルド・リヴァートとショーン・リヴァート、およびその友人であるマーク・ゴードンの3人からなるオハイオ州クリーヴランド出身のR&Bヴォーカル・グループ。当初は“親父の七光り”云々と言われるも、それをチャラにしてしまうほどの実力があったことは多くのR&Bファンが認めるところだ。とりわけジェラルドはソロ・シンガー/プロデューサーとしても活躍し、90年代以降のR&Bシーンになくてはならない存在に。もちろん、一枚だがソロ作を出したショーン、裏方として実力を発揮したマークの活躍も見逃せない。が、グループとしてのリヴァートは、97年に出した『The Whole Scenario』を最後に解散してしまう。2004年にはリユニオン・アルバムを作るべく録音していたようで、ジェラルドの共演曲などを集めたコンピ『Voices』(2005年)にリヴァート名義の新曲が収録されたりもしたが…その翌年、2006年11月10日にジェラルドが他界(享年40)。その後2008年3月30日には兄の後を追うようにショーンまでもが他界(享年39)してしまった。
そんなジェラルドとショーンの死をキッカケに、唯一CD化されていないリヴァートのデビュー作をリイシューできないだろうかと、何年か前、ヴィヴィド・サウンドのディレクター氏に話を持ちかけた。とはいえ、原盤レーベルのTempre(テンプリーもしくはテンパーと読むそう)は、リヴァートのレコードでしかお目にかかったことがない(実際リヴァートしか出していない)フィラデルフィアのマイナー・レーベル。どこからコンタクトを取っていいのかわからない。しかも、原盤権者を必死に探して再発するほど価値があるアルバムかといえば、正直それほどでもない。なにしろソウル・ファンからは、「いいのは“I'm Still”一曲だけでしょ。500円も出せばLP買えるよ」などと凡作扱いされてきたアルバムだったのだ。けれど、その“I'm Still”があまりにも素晴らしい。リヴァートは、メジャー(アトランティック)移籍後にも“(Pop,Pop,Pop,Pop)Goes My Mind”“My Forever Love”“Smilin'”“Baby I'm Ready”といったスロウ/バラードの名曲を数多く放ったが、デビュー・シングルでもあった“I'm Still”はそれらと比べても遜色ない…どころか、リヴァートの全キャリアで1,2を争うスロウだと個人的には思っているほど。18歳(当時)とは思えないジェラルドの父エディ譲りのディープなヴォーカルに、元MFSBのノーマン・ハリスによる陶酔感たっぷりなオクターブ奏法のギター。オージェイズが好きなら一発KOな70sフィリー・ソウル・マナーのスロウである。また、アルバムの他曲も、キャミオに影響されたというアップも今聴くと案外いいし、マークが単独で書いた“I Want Too”のようなミディアムも悪くない。だが、『I Get Hot』の曲はどのベスト盤にも入っていない。このままだと、きっとどこからも再発されないだろうな…そう思い、ならば原盤権者を探してみましょうということになった。
それから数年…こちらの熱い思いが通じたのか、今年に入って、ヴィヴィドが国内配給を行っているシャナキーから朗報が届いた。シャナキーでA&Rを務める(しかもフィラデルフィアンの)ランダル・グラス氏が原盤権者を知っているという。その人物とは、Tempreレコーズのオーナーで、『I Get Hot』のプロデュースにも関わっていたハリー・J・コームズ氏。リヴァートのメジャー進出後もグループのマネージメントを手掛け、彼らによるTrevel(Levertの逆さ読み)プロダクション関連のアーティストもサポートした御仁だ。そのハリー氏、実はかのフィラデルフィア・インターナショナル・レコーズ(PIR)で10年近くスタッフとして働き、オージェイズをはじめとするPIRのほとんどのアーティストと仕事をしたという経歴の持ち主でもある。が、80年代初頭にPIRが事業を縮小し始めた頃に退社。PIRの本社近くの自宅オフィスにてひとりで興したのがTempreだったという。そこで、かねてより親しかったエディ・リヴァートから、音楽活動を始めたばかりの息子たちの曲(おそらくデモ)を手渡され、これはイケる!と思ったハリーが、彼らをフィリーに連れてきて録音しようということになったらしい。
アルバムの制作ではハリーのフィリー・コネクションを活かし、ノーマン・ハリス、デクスター・ワンゼル、シンシア・ビッグス、ブレイクウォーターのケイ・ウィリアムズJr.らも起用。もちろん父のエディやオージェイズのウォルター・ウィリアムズもクリーヴランドでのデモ録りの段階から関わっている。録音場所はフィリーのシグマ・サウンド・スタジオ。オーナーのジョー・ターシアに出世払いでOKをもらってスタジオを借りたというエピソードが今となっては感慨深い。そんなアルバムの制作過程や楽曲についてのアレコレは、快くインタヴューに応じてくれたハリー・J・コームズとマーク・ゴードンの発言を交えてライナーノーツにたっぷりダラダラと書いているので、お手に取っていただけると嬉しい。拙文だが、今までよくわからなかったデビュー作に関する謎が氷解すると思う。ただ、今回の再発CD、ひとつだけ(かなり)残念な点がある。というのも、実はTempreがアルバムのマスターテープを紛失してしまったようで、LPからの盤起こしになっているのだ。最初聴かせてもらったマスターにスクラッチ・ノイズが入っていたので、これは?と確認したところ、そのことが判明。でも、それを出してきたのはレーベル・オーナーで原盤権所有者のハリー氏だ。その彼が「オリジナル・マスターがない」と言うんだから、本当にないのだろう。こればっかりは仕方がない。
ただ、結果的にリイシューのタイミングとしてはバッチリだったと思う。昨年は、マーク・ゴードンがジェラルドの他界後に始動させたリヴァートII(現在は元フーズ・フーのブラック・ローズとマークのデュオ体制。今後新メンバーを加えてトリオにする予定)のアルバム『Dedication』がCD盤としてリリースされ、先日はエディ・リヴァートがキャリア初となるソロ・アルバム『I Still Have It』を発表したばかり。リヴァートのルーツを振り返るには、ちょうどいい時期だ。そんなこんなで、今月25日発刊のタワーレコードbounce誌ではリヴァート・ファミリーの特集もやっている。R&Bとヒップホップの懸け橋的な存在としてシーンを牽引していったリヴァートの原点『I Get Hot』を聴きながら、改めて再評価を! そして…個人的にはジェラルドの後を継ぐようなディープで熱いシンガーの登場/復権を願ってやまない。